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『幸せへのまわり道』を観た

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アメリカの子供向け番組「Mister Rogers' Neighborhood」の司会者として知られる実在の人物フレッド・ロジャースをトム・ハンクスが演じた人間ドラマ。

この映画、トム・ハンクスが今年のゴールデン・グローブ賞とかアカデミー賞助演男優賞でノミネートされていたのに、日本ではなかなか公開されなかった。ようやく公開されると思ったら、ヒューマントラストシネマ渋谷がメイン館で、TOHOではなくイオンシネマ中心のひっそりした上映規模に。

宣伝もほとんどされてないのは、日本ではなじみのない人物がテーマになっているからということもあるし、本国アメリカでも批評家からは支持されているものの興行収入は期待通りでなかったからなのかもしれない。

どういう話なのか雑に説明すると、あまり人間味のない記事を書くジャーナリストがフレッド・ロジャースを取材することになり、その過程で絶縁していた自身の父との関係を取り戻していくという物語である。

原作は雑誌エスクァイアにトム・ジュノーという記者が寄稿した記事。でも内容はかなり脚色されているようで、例えば主人公(この映画の主人公はフレッド・ロジャースではないのだ)の名前はトム・ジュノーではなくロイド・ヴォーゲルに変わっているし、映画の冒頭で起きるある一悶着も実際には起こっていない。

問題を抱えた人物が偶然出会った人間に影響され、自分の人生を見つめ直していくというのは“よくある話”である。ある程度まともな脚本といい演技、堅実な演出があれば(いや、それが難しいんだけど)いい映画になる。でもそういった映画は確かに“ウェル・メイド”ではあるものの、いささか退屈な教科書的作品に見えてしまうこともありがちだ。

でもこの『幸せへのまわり道』は「よくできたいい話」でありながら、単なる「よくできたいい映画」にはなっていない。ネタバレになるので詳細な描写は避けるが、レストランにてロイド・ヴォーゲルとフレッド・ロジャースが会話を交わすシーンで、監督のマリエル・ヘラーが思いついたあるアイデア、そしてそれに120%応えるトム・ハンクスの演技。このシーンで僕は震えた。

優れた映画はスクリーンから観客の首根っこをつかんでしまう。それはときに恐怖表現であるし、爆笑を誘うシーンであるし、登場人物と観客の感情が完全に一体化する瞬間である。前半のフレッド・ロジャースが自身の番組について語るくだりと呼応するこのシーンで、カメラは映画を観ていた観客と2組の人々が一体化していくさまをゆっくりと捉えていくのだ。ここには映像表現だからこそ可能な感動がある。

そしてこの作品は温かいだけでなく、ちょっとした不穏なムードも持ち合わせている。ロイド・ヴォーゲルがある人物の影を見かけて追うシーンや、ラストで描写される、フレッド・ロジャースの「その後」を予期させる場面が、この作品をただの「いい映画」に留まらせない。このあたりにマリエル・ヘラーの独特なバランス感覚があるように思える。

トム・ハンクスとフレッド・ロジャースの容姿は全然似ていないし、メイクやソフトな喋り方などである程度近づけようとはしているものの、いわゆる完コピ型演技ではない。でもフレッド・ロジャースの奥さんが語ったように、トム・ハンクスがこの役を演じるのにうってつけの俳優だったのは間違いないと思う。トム・ハンクスはこの映画のオファーを受ける前に、実在の人物を演じることをしばらくやめようと思っていたようだが。

マリエル・ヘラーの前作『ある女流作家の罪と罰』は悪くない映画だったがいささか冗長に思えたのに対して、この『幸せへのまわり道』は冒頭からラストまで一瞬も目が離せなかった。実は観る前は「まあ普通にいい映画なんだろうなあ」ぐらいにしか思っておらず、おまけに前日3時間ぐらいしか寝ていなかったので不安だったのだが、蓋を開けてみれば今年のベスト10候補に入りそうな勢い。こういうことがあるから映画は面白いし難しい。

宣伝もほぼされておらず『幸せへのまわり道』なんていう微妙な邦題もつけられてしまった不遇の作品ではあるが、観たあと全力で他人に薦めたくなる1本である。 

www.misterrogers.jp