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ぼくは性格が悪い

バカのくせに映画の感想とか書くブログ

あんたの子供が可愛いのはよくわかった

昨日から帰省しているのだけど、熱を出してどこにも行けず薬を飲んで家でゴロゴロしている。

本当はMacで『ロブスター』の感想とか今年の上半期映画ベスト10など書きたいのだが、気力がない。このエントリーも寝転びながらiPhoneで書いている。

そんなわけで実家でゴロゴロとネットサーフィン(死語)をしているわけだが、はてなブログのトップページを見てすぐに「なんだかなあ」という気分になる。

それはある子育てブログなのだが、毎回自分のところの子供の成長とか可愛らしい発言をイラストにして紹介している。僕も何度かそのブログを読んだことがあって、「可愛いなあ」とほっこりしたこともある。

人気のあるブログなので、よくはてなブログのトップに出てくる。以前はよくクリックしていた。でも今は、トップにその可愛らしいイラストが表示されていると「なんだかなあ」という気持ちになる。

子供が可愛いのはわかる。自分にできたら同じようなことをするかもしれない(絵心も文章力もないのでアクセスは全然ないだろうけど)。でも、そのブログが2週間に一度ぐらいの割合ではてなブログのトップを飾っていると、正直「またかよ。可愛いのはわかったよ」という気持ちになる。

こういうことを書くと「非リア充のひがみ」「自分が結婚できないものだから」「子供ができれば気持ちがわかるはず」と思う方も多いだろう。確かにその通りかもしれない。「読まなければいい」というのもわかる。

でもやっぱり、「わかったよ、あんたんとこの子供が可愛いのは」と思わずにはいられない。この感覚はどこかで味わったことがあるな、と思っていたのだけど、フェイスブックをやっていたときだ、と思い出した。フェイスブックに表示される元同級生の子供たちの写真と連発される「いいね」に「なんだかなあ」と思っていたあの頃。確かにたまに見るぶんには可愛い。でもやっぱりそこにいるのは他人の子供だ。毎日見たいとは思わない。理由はそれだけではないが、僕はなんとなくこの「なんだかなあ」に疲れてフェイスブックをやめた。そしてはてなブログを始めたわけだが、ここにも「子供は絶対正義」「ウチの子を見て」という意思表示は溢れていた。

だが今回のエントリーは、その子育てブログを叩くつもりで書いたわけではない。いたって善良な人が、善良に書いている善良なブログなのだから「やめろ」などという権利は僕にはない。でも、そのブログがはてなブログのトップページを飾ってると、少し(ほんの少し)体力が削り取られる気がする。

ただ、僕が読者になっているある子育てブログはなぜか読める。そのブロガーさんが以前から知り合い(ネット上でだけだけど)だからというのもあるけど、彼女のブログは「可愛い」だけでは済まされない“子育て”という試練(あえてこう書く)を客観的かつ少しシニカルなテイストで綴っている。それでいてお子さんへの愛も感じられる文章だ。きっと本人はものすごくお子さんのことが可愛いのだと思う(当たり前だ)。でもその愛を過剰に周囲にまき散らさない。だから文章を読んでも「知らんがな」と思わない。

イラストどころか、我が子の写真を撮ってアップしているブログでも、なぜか嫌味を感じないものもある。単に写真がうまいからということもあるのだろうけど、同じ「私と私の子供」発信ブログでもどうしてこうも印象が違うのだろうかと不思議になる。

まあ、僕の性格が歪んでるということが最大の理由なんだろうな。それでもやっぱり「あんたの子供が可愛いのはもうわかったよ」と言いたくなってしまうのだけど。