ぼくは性格が悪い

バカのくせに映画の感想とか書くブログ

『64-ロクヨン-後編』を観た

f:id:q050351:20160709161704j:plain

64-movie.jp

前編の感想はこちら。

notesleftbehind.hatenadiary.com

※ネタバレあり。

 この後編、原作とラストが違います。原作では基本的に主人公の三上がウケミンなのですが、映画では最後に彼が動くんですよね。このあたり、展開に無理があるという声もあるし原作者の横山秀夫も100%満足はしていないようですが、個人的にはこの改変はアリなんじゃないかと思いました。確かにリアリティ重視するとアレだけど、本当はぶっさいくなはずの三上を佐藤浩市が演じている時点で別物だと思ったほうがいいですよ。

 やっぱり「映画史に残る」という宣伝文句にはどうしても(笑)を加えて「映画史に残る」(笑)、いやもうちょっと甘めに見ても「映画史に残る」(微笑)と言いたくなりますが、まあそれなりにうまくまとまった映画なんじゃないかと思います。

 ただですねえ、どうにも気になるところもある。例えば吉岡秀隆が、ヘリウムガスが切れたから自分の喉を指で圧迫して電話をするシーン。これ、他の俳優だったらともかく、吉岡さんがやるとコントみたいになっちゃうんですよ。そもそもヘリウムガスで変声させ電話をかけるという設定自体どこか半笑いになってしまうんですが、もともと特徴的な声の吉岡さんにやられるとさあ。彼が喋るたびに、事態の緊迫感が薄れていく。

 それからこれは原作でも思ったことですが、記者クラブの奴らと広報室が急に馴れ合うところにどうしても違和感が。瑛太とか、急にみんないい人になるんだもん。昔のマンガで喧嘩した男同士が草っ腹で「お前やるじゃねえか」「お前こそ…」みたいな薄ら寒さを感じました。実は広報室と記者クラブの間には奇妙な絆があるんだ、ということにするにしてももうちょっと匂わせてくれないと、唐突に仲良くなったなとしか思えない。「広報室が責められてるのを見るのは悔しいですぅ!」(うろおぼえ)とか言われてもさ。あと仲村トオルの役も、あれ不要じゃね?と思ってしまったなあ。

 ただ、ラストを改変したとはいえ三上の娘が帰ってくるとか見つかるという安易な展開にはしなかったことには好感を持てたし、予告編では違和感があった小田和正の主題歌もそこそこ合っていました。『ギャラクシー街道』みたいな映画に客が入ると絶望感に襲われますが、『64』にお客さんが入っていることについて特に嫌悪感は覚えません。個人的には原作を読んでから観ることをオススメします。読んでる間に映画終わっちゃいそうだけど。