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ぼくは性格が悪い

バカのくせに映画の感想とか書くブログ

第73回「『フォックスキャッチャー』を観た」

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Foxcatcher/アメリカ/135分

監督:ベネット・ミラー
脚本:E・マックス・フライ、ダン・ファターマン
撮影:グリーグ・フレイザー
編集:スチュアート・レヴィ、コナー・オニール、ジェイ・キャシディ
音楽:ロブ・シモンセン
出演:スティーヴ・カレルチャニング・テイタムマーク・ラファロシエナ・ミラーヴァネッサ・レッドグレーヴ ほか

1984年のロサンジェルス・オリンピックで金メダルを獲得したレスリング選手、マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)。しかし、マイナー競技ゆえに生活は相も変わらず苦しいまま。同じ金メダリストでマークが頼りにする兄のデイヴ(マーク・ラファロ)も、妻子ができて以前のように付きっきりというわけにはいかない。いまや、次のソウル・オリンピックを目指すどころか、競技を続けるのもままならなかった。そんな時、アメリカを代表する大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から、彼が結成したレスリング・チーム“フォックスキャッチャー”への参加をオファーされる。この願ってもない申し出を快諾するマーク。最先端トレーニング施設を有するデュポンの大邸宅に移り住み、ようやくトレーニングに集中できる理想的な環境を手に入れたかに思われたマークだったが…。(allcinemaより)

 チネチッタにて鑑賞。

※ネタバレあります!

 今月鑑賞を予定していた映画では『アメリカン・スナイパー』に次いで楽しみにしていた本作ですが、期待を全く裏切らない傑作でした。

 監督はベネット・ミラーで、長編劇映画としては『カポーティ』『マネーボール』に続く3作目で、今回も実話を基にした物語です。『カポーティ』をDVDで観た時に面白かったので(映画を観た後で『冷血』も読みました)、『マネーボール』は映画館で鑑賞、これもとても面白かったです。2作とも、作りとしては特に派手な展開があるわけではない。それに実話ベースだから驚くようなオチもない。そして演出もかなりミニマムというか、沈黙や間で物語を紡いでいくタイプの監督です。どちらかというとアメリカよりはヨーロッパ映画っぽいかもしれません。

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 そして本作『フォックスキャッチャー』もまた基本的な方向性は変わっていないと思います。観ながら、「これ、寝る人は寝るだろうな」と思ってました。僕はずっと画面に釘付けになってましたけど。

 「フォックスキャッチャー」というのはこの映画の主要登場人物であるジョン・デュポンが所有していた農場のことで、彼が結成したレスリングチームの名前でもあります。さらに、イギリスやアメリカではキツネ狩り(fox hunting)というスポーツが過去にあって、これはキツネを追いかけて殺すものだそうです。映画の冒頭、モノクロの記録映像でしっぽのでかい犬みたいな生き物が野原を駆け抜けていくカットがありますが、これは多分そのキツネ狩りの獲物だと思います。

 このお話は、3人のむさいオッサンで成り立っています。ジョン・デュポン、マーク・シュルツ、そしてマークの兄デイヴ・シュルツ。このうち、ジョンとマークにはいくつかの共通点が見られます。

 まずジョンとマークはともに2歳の時に両親が離婚しています。そして2人とも、自分にとって偉大であり、だからこそ時には疎ましく思える存在があります。ジョンの場合は母親であり、マークにとっては兄のデイヴです。デイヴは兄といっても少しマークと歳が離れており、父親のようにマークを見守ってきたので、ほとんど父親の代理といえるかもしれません。

 映画の冒頭、ジョンの邸宅に呼ばれたマークは明らかに緊張して居心地が悪そうですが、次第にジョンに心を許していきます。そこには、自分と同じようなフラストレーションを抱え込んだ者同士というシンパシーがあったのかもしれません。マークはジョンにすすめられてコカインを吸ったり、夜のスパーリングをオファーされたりして、次第に依存していくようになります。

 誰もが思うことでしょうが、このスパーリング場面というのがどう見てもゲイ・セックスという風に撮られています。冒頭のマークとデイヴの兄弟稽古からして近親相姦的な空気が漂っているし、ジョンとマークの場合は、犯されてる風にも見えるカットがあったりします。かといってマークが凄く嫌そうかというと、満更でもなさそうなのですが。

 マーク率いるフォックスキャッチャーはとあるレスリング大会(詳細は忘れちゃった)でメダルを獲得し、ジョンは大喜び。そこで、自らのチームの選手達にタックルを仕掛けたりしてキャッキャウフフとはしゃぎます。僕はもうこのシーンで既に背筋が寒かったです。どう見ても彼の目つきや所作は異常です。

 ジョンはある日、マークに「昔ひとりだけ親友がいた」と言います。でもその親友は彼の母親が金で雇っていたものでした。幼少期にこんな体験をしているせいなのか、ジョンは基本的に「金で買えないものはない」という価値観を持っています。
(2/18 追記)ジョンは、「本当は友だちというものは金で買えるようなものではないはずだ」ということはわかっていると思います。だから、マークにこの話をする時の彼の表情は複雑で、どこか悲しげでもあります。

 最初は拒んでいたものの、結局フォックスキャッチャーに加わることにしたデイヴは、久々に会ったマークの異変に気づきます。兄に口答えをし、何かに苛ついている弟を案じるデイヴ。マークはレスリングでもぱっとせず、ジョンも苛つき始めます。

 そして、ある試合で敗北を喫したマークは、ホテルのランプを殴り壊したり、頭突きで鏡をブチ割ったり、やけ食いをしたりします。この頭突きのシーン、脚本にはなくてチャニング・テイタムのアドリブだったそうです。頭パッカーて割れたらどうするんでしょうか。しかもこの後デイヴが入ってきてマークにビンタを喰らわせるのですが、なんとここでチャニング・テイタムの鼓膜は破れてしまったそう。「そんなとこ殴ったら鼓膜破れるで」と思ってたら、マジで破れてたんですね。怖すぎ。

 この後マークは食い過ぎて増えた体重を戻すために、デイヴの指示で胃の中のものを吐きまくり、サイクルマシンでめちゃくちゃ運動をした結果90分で5.5kgの減量を成功させたます。これぐらいの根性があれば世のダイエットできずにいる女性も皆スレンダーになれるでしょう。

 そして大事な試合に勝利するマーク。でもそこにジョンの姿はありません。彼は家に帰ってしまっています。それは彼の母親が死んだからなのですが、実際には彼女は息子がフォックスキャッチャーを結成する前に亡くなっています。どうしてこのような脚色を施したのかというと、ジョンが彼女に認められたがっていることが明確にわかるシーンのためでしょう。

 ジョンは、自身はど素人レスラーのくせにレスリング大会を主催して、あからさまな八百長で優勝。その手柄を母親に報告。そしてフォックスキャッチャーの練習ではチームの選手に技をかけたりかけさせたりして、その姿を母親に見せます。まるで「ママ、見ててね。僕こんなに凄いんだよ」とアピールする幼児のようです。でもレスリングを嫌っている母親は、すぐにその場を去ってしまいます。いい歳をした大人の、強迫観念にも近い承認欲求がそこにあります。

 母の死の直後、ジョンは彼女が愛した馬たちを野に放ちます。ここはかなり幻想的に撮影されていて、現実なのか妄想なのかが曖昧です。まわりくどい解釈ですが、馬たちを解放することで、ジョンは母親の呪縛を解こうとしたのかもしれません。母に愛され管理されていた馬たちは自由の身になります。母はこの世からいなくなり、もう馬を自らの手中に収めることはできません。馬の解放は、母親へのささやかな復讐だったのではないでしょうか。

 このシーンで、アルヴォ・ペルトのFur Alina(ガス・ヴァン・サントの『ジェリー』などでも使用されていた)が流れるのですが、何故か僕はここで泣いてしまいました。どう考えたってまともとは思えないジョンに、共感のようなものを感じてしまったからかもしれません。僕の母親はあんな風ではないし、普通の家族で育ったと思うけど、それでも、彼の気持ちはどこかでわかる気がしてしまうのです。馬を解放したジョンの表情の、なんと寂しく孤独なことか。彼は宿命的に救われない男なのです。

 大事な試合でのマークの勝利をもたらしたのはジョンではなく、デイヴでした。ジョンは自分が他人に対して何の影響力も持っていないという事実を恐れ、自身のドキュメンタリーの製作に着手します。ドキュメンタリーの中では、ジョンは皆にあがめられる愛国者であり、最強のレスリング集団フォックスキャッチャーを統率するリーダーです。実質的にはデイヴがフォックスキャッチャーの支柱なのですが。ちなみに劇中でデイヴのインタビュー映像を撮っているのは、実際にフォックスキャッチャーのドキュメンタリーを監督していた人だそうです。

 そんな中、マークはフォックスキャッチャーから抜けることになります。彼は薄々、ジョンと自分が共依存のような関係に陥っていることに気づいていたのかもしれません。先に、ジョンとマークに共通点があると書きましたが、決定的な違いは、マークはあたたかく厳しい兄であり父親代わりでもあるデイヴという存在を得ていたのに対し、ジョンには冷たい母親しかいなかったということです。この点で、彼らの運命は決定的に分かたれてしまった。

 ジョンは自分の思うがままになるはずだった男の裏切りに絶望し、その歪んだ怒りは兄のデイヴに向けられます。金では得られないものをこの男は持っている。そして自分はそれをこの先一生得ることはできない。最早彼にできることはただひとつです。

 それにしても主要3人を演じる俳優たちの演技力。圧巻です。外見を近づけるだけでなく、まさに彼らは役を生きています。企画初期段階ではヒース・レジャーライアン・ゴズリングビル・ナイ等がキャストに想定されていたようですが、できあがった作品を見てしまうともうスティーヴ・カレルチャニング・テイタムマーク・ラファロ以外ありえないというか。

 ミラー監督はスティーヴ・カレルがコメディー俳優であることから、ジョン・デュポンを演じるのには向いていないと当初思っていたそうですが、昼食を共にして考えを変えたようです。「コメディアンというものは、皆ダークな人たちなんだと思う」と監督は語っています。これは日本の優れた芸人なんかでも同じかもしれませんね。

 ジョン・デュポンはアメリカそのものだという見方もあります。銃を愛し、金を愛し、マッチョイズムを愛するが、結局は誰にも愛されない。しかし自分は世界の庇護者を気取り、孤立していく。ジョン・デュポンの事件から、ミラー監督はいろいろな角度から光を当てた多層的な物語を作り出すことに成功していると思います。実際のジョン・デュポンはもっと派手に狂ってたそうですけど、映画では徐々に徐々に静かに狂っていくことにした演出も功を奏しています。これはただの統合失調症患者の錯乱を描いた作品ではないということですね。

 さて、多分これまでで最長の記事になってしまいました。いつも以上に文章のまとまりが悪く、読みにくいです。とにかく、この映画が2015年のベスト5に入ることはほぼ間違いなさそうです。