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ぼくは性格が悪い

バカのくせに映画の感想とか書くブログ

第65回「『リヴァイアサン』を観た」

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原題:Leviathan

監督・撮影・編集・製作:ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル

ともに人類学者であり、現代アートのシーンでも活躍する映像作家、ルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェル北大西洋で操業する大型漁船に乗り込み、数週間にわたる漁の一部始終をカメラに収めた異色ドキュメンタリー。小型カメラを多用し、時に偶発性にまかせて撮られた斬新かつ独創的な映像美が各地の映画祭で話題を呼んだ。(allcinemaより)

渋谷アップリンクの「見逃した映画特集 2014」にて鑑賞。

 これまでもこのブログで何度か言及してますが、本作は第87回アカデミー賞外国語映画部門でノミネートしているロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督作品『Leviathan』(邦題未定)とは別の作品です。また、初代ロボコップの中の人(兼バカルー・バンザイ)ピーター・ウェラー主演の海洋ホラー作品『リバイアサン』とも違います。

 「リヴァイアサン」についてウィキペディアから引用します。

レヴィアタン(英語発音 リヴァイアサン)は、旧約聖書に登場する海中の怪物(怪獣)。悪魔と見られることもある。「ねじれた」「渦を巻いた」という意味のヘブライ語が語源。原義から転じて、単に大きな怪物や生き物を意味する言葉でもある。

 本来は「レヴィアタン」と発音するんですね。「レヴィアたん」と「タン」だけひらがなにすると萌えキャラになります。もしかするとロシアの方の『Leviathan』は『レヴィアタン』という邦題になるかもしれません。

 本作はまず「ヨブ記」の引用から始まります。ヨブ記の中でこのリヴァイアサンについて記述されているからですね。ヨブ記について僕は明るくない、というか真っ暗も同然なので、興味のある人は調べてみてください(投げっぱなしジャーマン)。

 映画はGoProという特殊なカメラで撮影されています。GoProというのはまあ簡単に言うと、丈夫でちっさくて体に取り付けたりすることのできるカメラです。YouTubeでGoProと検索をかければいろいろ面白い映像が出てくると思います。

 監督たちによると、最初はGoPro以外のカメラも船に持ち込んでいたようです。

当初はメインのカメラとして、いわゆるプロ用のハイヴィジョンカメラでも撮影していましたが、(中略)撮影中にカメラが2台とも海に呑み込まれてしまい、

 もったいねーっ! 「海に呑み込まれてしまい」って、淡々と言ってるけど。製作費がかさむやんけ。

 で、上記のインタビューでは色々小難しいことも語られていますが、僕にはよくわからないので、単純に「漁船ドキュメンタリー」として観た感想を記します。

 基本的に、ワンカットがかなり長いです。いつまで続くんだろうってぐらい長々と。そして、よくよく考えたらこれはどこにどうカメラを取り付けてるんだ? という疑問も湧いてきます。カットによっては漁船の乗組員の体にとりつけられているようですが、GoProの特性を活かして、人間の目が及ばないような視点のショットもあったりします。

 しかしいくらGoProが丈夫で、多分その上特注の撮影機材か何かを使っているのだとしても、最初に頭に浮かぶのは「よくぶっ壊れねーな。GoProパネェ」という感慨です。だって、これカメラになんか固いもんがぶつかってね?みたいなカットが結構あるのです。ただ、映像が揺れていないということはぶつからずに回避できているのか、あるいはぶつかったところは編集で切っているかだと思うのですが。

 「GoProパネェ」がようやく収まってきた頃、海上を飛ぶ海鳥や絶えず鳴っている轟音に意識が向かい始めます。海鳥の量は半端ないです。全部CGですと言われたら信じてしまいそうなぐらいに夥しい数の海鳥が飛んでいます。さながらヒッチコックの『鳥』のようです。

 そして「量」で圧倒してくるのは海鳥だけではなく、網にかかって漁船に引き上げられた魚介類です。水圧の関係で目が飛び出したり、口から内臓や浮袋が出ている魚も沢山いて、かなりグロテスクです。切り身で売っている魚を見て、海の中でもあの切り身が泳いでいると思い込んでいる人(本当にいるのかよそんな奴)は衝撃を受けるでしょう。

 この魚介類は、屈強な漁師たちによって選別されたり、頭をぶったぎられたり、体を半分にされたりします。その作業があまりにも無感情な雰囲気で行われるので、「見ろ!魚介類がゴミのようだ!」と叫びだしたくなるほどです。死んだ魚に取り付けられたGoProの視点は、ローアングルで他の魚たちの死体を見つめます。このあたりはほとんど恐怖映画のようです。そしてそこに迷い込んで出られなくなった鳥。ちょっとできすぎに思えるぐらいにインパクトのある映像です。

 一時期サブリミナルなみに鮮魚売り場で流されていた「さかなさかなさかなー♪ さかなーをーたべーるとー♪」とか、ジョニー・グリーンウッドさかなクンのキャラのような牧歌的な雰囲気は皆無です。大雑把に言えば、「海ナメんな」と首根っこを掴まれて言われているような。

 漁船の乗組員たちの身体に入ったタトゥーとか、ぶっとい腕とか、2人ぐらいは殺ってそうな雰囲気からも、やはり「海ナメんな」を感じます。『海を感じる時』なんて映画を見せたら最後、「こんなんで海は感じられねえ!」と胃袋が口から出るまで首を絞められそうです。

 圧巻なのは船上の光景だけではなくて、海中に取り付けられたカメラが捉える映像も同様です。獲られた魚の残骸や真っ赤な血が船から海に捨てられる様。まるでこの世の終わりを見ているような気分になってきます。

 この船の上では勿論人間様が上位にあるわけで、捕獲されていく魚介類は味気なく(食べたら美味いんだけどね)消費されていく存在です。でもこの映画を見ているうちに、暗い海を進むこの漁船、そしてそれを操る人間たちもまた何か「もっと上位にあるもの」に支配されている気がしてきます。実際に船が沈没したりするわけではないのですが、ここで映される人の営みや、それを映像作品として収めている監督たちも、そして観客の我々も、実は全員が「リヴァイアサン」あるいは「レヴィアたん」という不可視不定形の怪物に呑み込まれているのではないかと。

 というようなことを考えながら映画を観ていたのですが、隣りに座っていた大学生ぽい男女(二人とも映画は結構好きそうだった)の女性の方が終了後「私ほとんど寝ちゃいましたぁ(てへぺろ)」と言っていて、思わず「海ナメんな」と言いそうになりました。でも可愛かったから許す。