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ぼくは性格が悪い

バカのくせに映画の感想とか書くブログ

第38回「『フューリー』を観た」

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原題 Fury

監督・脚本:デヴィッド・エアー
出演:ブラッド・ピットシャイア・ラブーフローガン・ラーマンマイケル・ペーニャジョン・バーンサル ほか

1945年4月。ドイツ軍が文字通りの総力戦で最後の徹底抗戦を繰り広げていたヨーロッパ戦線。戦況を優位に進める連合軍も、ドイツ軍の捨身の反転攻勢に苦しめられていた。そんな中、勇敢な3人の部下とともにシャーマン戦車“フューリー号”を駆る歴戦の猛者ウォーダディー(ブラッド・ピット)のもとに、戦闘経験ゼロの新兵ノーマン(ローガン・ラーマン)が配属されてくる。ろくに訓練も受けていないノーマンは、戦場の極限状況にただただ圧倒されるばかり。ウォーダディーはひよっこノーマンを手荒く叱咤しながら、フューリーで敵陣深くへと進軍していく。やがてそんな彼らの前に、ドイツ軍が誇る世界最強のティーガー戦車がたちはだかる。(allcinema)

チネチッタにて鑑賞。

※微妙にネタバレあります。

 以前からとても楽しみにしていた本作ですが、正直いって期待し過ぎだったかもしれません。

  まずこの映画の最大の見所である本物のティーガー戦車(この映画はアメリカ兵視点で、みんな「タイガー」と言ってんだから字幕も「タイガー」でいいと思ったんだけど)ですが、はっきりいって出番はそんなに多くありません。しかも、ティーガーとフューリーのバトルはクライマックスではなくストーリーの中盤に配置されています。

 あれだけ「本物のティーガー登場」を売り文句にしていたのだから、やっぱりラストで一騎打ちなんだろうなと思ってたんですけど。この点で拍子抜けした人は多いかと思います。

 恐らく、自走できるティーガーがたった一台しか現存しないため、あまり無理させることはできなかったのだと思います。壊れたりしたらやばいですし。

 ティーガーよりも、主要キャストたちの方がよっぽど無理させられていたと思います。昨今の戦争映画では定番のブートキャンプ、そして撮影の合間にスパーリングをさせるなどの過酷な役作り。シャイア・ラブーフなんか風呂は入らないし自分の顔(商売道具なのに)に傷つけるわ歯は抜くわで相当な入り込みだったようで、他のキャストにもウザがられる始末だったようです。

 ストーリー自体はよくある戦争ものというか、例えば『プライベート・ライアン』にかなり似た部分があると思います。特に、部隊内に熱心なクリスチャンがいる点、戦闘経験のない素人がいきなり過酷な戦場に叩き込まれる点。

 『プライベート・ライアン』のジャクソン(バリー・ペッパー)は狙撃手で、本作のバイブル(シャイア・ラブーフ)は砲手です。クリスチャンというだけでなく、部隊内でのポジションも似通っています。

 そして『プライベート・ライアン』のアパム(ジェレミー・デイヴィス)と本作のノーマン(ローガン・ラーマン)は、元々はタイピストで後方に配属される予定だったという意味で共通しています。

 アパムやノーマンのキャラというのは特に重要で、それは彼らが観客の視点を代理しているからです。観客は戦場という極限状態に叩き込まれる彼らの目を通して戦争を疑似体験するわけです。そしてこの新兵が歴戦の猛者にさんざんいびられるというのもよくあるパターンです。すったもんだの果てに少しずつ信頼を得て友情を築いていくという展開にしてもそう。

 あと、隊を率いるリーダーが、本当は教養があり仲間思いだけど、生き抜くために時には非情になるというのもよくある話です。本作ではブラッド・ピット演じるウォーダディーがそのポジションにいるわけですが、『プライベート・ライアン』のミラー(トム・ハンクス)と比較すると彼の行動はかなり極端です。

 ウォーダディーは、ひよっこのノーマンに無抵抗の捕虜を射殺するよう命じます。ノーマンが敵兵を見つけていながら躊躇して攻撃できず、そのために他の戦車が狙われて死者を出したことが、この命令の理由になっています。

 勿論、無抵抗の捕虜を殺すことにノーマンは抵抗しますが、ウォーダディーは無理矢理彼に銃を握らせます。周囲の米兵たちはにやにやと笑いながらこの状況を眺めています。ほとんどアメリカ軍が悪役みたいに見えてきます。ウォーダディーがSS(ナチス親衛隊)を心底憎んでいるということもありますが、「無抵抗の奴を撃ち殺すぐらいじゃなきゃこいつ(ノーマン)はここで生き延びられない」という想いもあったのかもしれません。

 ただ、ウォーダディーがなぜそこまでナチを憎んでいるのか、どうしてドイツ語が話せるのかといった部分は結局最後までわかりません。どうも元々の脚本にはその理由を説明するシーンがあったようなのですが、オミットされたようです。そのせいで、ウォーダディーのキャラがどうにもつかみにくくなっています。

 キャラクター造形という意味では、ノーマンと、部隊内で一番DQNぽいクーンアス(ジョン・バーンサル。『ウォーキング・デッド』で主人公の元相棒やってた人)の変化についてもちょっと描写が薄い気がしました。

 ヘタレだったノーマンはある出来事で怒りを爆発させ、「クソナチどもは37564だ!」モードに入るんですけど、どうにもこのきっかけが薄っぺらいというか定型的に感じるんですよね。あと、結構グロ描写があるのにそのシーンは口から血流してるだけっていう激ぬる演出なのにも萎えました。日本映画じゃあるまいし。

 クーンアスについてはあれだけノーマンをいびっていたにもかかわらず、直後に「お前はいい奴だ」みたいな事言うからよくわからない。ここからクライマックスの戦闘なんだなっていう前ふり感が出過ぎです。やはり重要なシーンがオミットされているとしか思えません。

 音楽もちょっといただけないです。『ゼロ・グラビティ』でアカデミー賞を受賞したスティーヴン・プライスが担当しているのですが、どうも今回は過剰というか、少なくともこの映画の色には合っていない気がしました。この映画の殺伐とした雰囲気にはセンチメンタル過ぎです。

 「本物のティーガー使ってまっせ」を売り文句にしているのは、こうした欠点をカヴァーするためではないかと邪推してしまいます。でもそれだったらやっぱり対ティーガーをクライマックスに持ってきてほしかった。戦車隊戦車だとある意味では地味になっちゃうからですかね。やっぱり最後は白兵戦・消耗戦に持ち込まないと盛り上がらないからでしょうか。

 でもさあ、クライマックスが夜ってのもね。そりゃ現実はいつも昼に戦うわけじゃないだろうけど、「映画」としてはどうなのよっていう。ただでさえカットがめまぐるしく変わるのに暗いもんだから何がなんだかわかりませんよ。

 最初にも書きましたが、とにかく期待してハードル上げすぎちゃった感じです。ストーリーとかキャラ造形が薄いし意外性も殆どないので、終盤は ちょっとダレるし。クライマックスが中盤に負けてるってどうなの、と。実はデヴィッド・エアー監督って『エンド・オブ・ウォッチ』もそれほど面白いと思わ なかったし、何か詰めが甘い気がするんですよ。特に今回はその詰めの甘さが如実に出てしまってる気がしました。

  と、ディスってばっかですが、中盤の米軍戦車とSSのバトル、そして突然現れたティーガーとのバトルはかなり手に汗握るものがありました。爆発に一部かなりのCG臭さがあったこととか、恐らく視覚的にわかりやすくするために弾道(全部曳光弾なんじゃないかってぐらいわかりやすかった)に色をつけていたことはともかく、戦車の戦いという意味ではこれまで観た映画の中で一番の迫力があったと思います。特に音響面がすごく良かったので、もしかしたらアカデミー録音賞か音響編集賞をとるかもしれません。できればTHXなどの音にこだわりのある映画館で観ることをおすすめします。

 ティーガーとのバトルについては、「ティーガーが動いてる」だけで感動する方もおられるでしょうし、それなりの絶望感があります。ゲームで例えるなら、『バイオハザード』でタイラントとか追跡者がいきなり現れた時の感覚でしょうか。ただ、本物のティーガーはもっと強いはずなんですけどね。フューリーの装甲は明らかに主人公補正みたいなのがかかってるんじゃないかと。

 あと、最後のノーマンのあれも良かったかも。彼が人間性をどんどん捨てていくこととの対比というか皮肉というか。あそこが不可解とか不自然だっていう人もいるけど、個人的にはあれはアリだと思います。既視感だらけのストーリーの中で良い意味で異彩を放ってます。

 それからクライマックスの戦いの場所が十字路であるというのは、劇中で何度も出てくるキリスト教と関連付けているのかもしれませんね。あれは多分十字路と十字架をかけているのではないかと。それで映画が良くなってるのかというと微妙なんだけど。

 余談ですが、映画館にちらほらカップルがいたのは少し意外でした。正直、戦争映画に耐性がないとこれは厳しいですよ。『プライベート・ライアン』ほどグロくはないにせよ、女性の大部分は引くと思います。この作品に限ったことじゃないけど、明らかに女性好みじゃない映画に誘う男性の感覚ってほんと理解できません。どうして事前に少しでも調べたりしないんですかね? 今ならちょっとスマホいじればわかることなのに。