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ぼくは性格が悪い

バカのくせに映画の感想とか書くブログ

第13回「電車内での恋について」

 筆者は電車内で若い女性に声をかけられたことがある。といっても悲鳴とか「おまわりさんこいつです」という類のものではない。

 話しかけてくる前日、その女性が向かい側の座席でサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(この日本語タイトルなので勿論野崎孝訳版)を読んでいたので、なんとなく印象には残っていた。

 安直ではあるものの、この歳になっても「趣味が合いそうな女性」には弱い。この人、他にどんなの読むんだろうと思っていたらその女性がこちらを見たので慌てて視線をそらしてキョドった。これには参ったね。

 次の日。筆者は座席に座ると、トルストイの『アンナ・カレーニナ』を読み初めた。すると、『ライ麦』の女性が隣りに座った。今日もこの人は『ライ麦』を読むのかなと思っていたら、

「あの、何読んでるんですか?」

とその女性が声をかけてきた。

 筆者は文庫本の表紙を見せて「トルストイの『アンナ・カレーニナ』です」と、見りゃわかるのにいちいち説明した。

「へえ、私トルストイとか興味あるんですけど凄く難しそうで」
「そんなことないですよ、『アンナ・カレーニナ』なんてただの不倫小説としても楽しく読めますよ」
「ふーん・・・他にはどんな本読まれるんですか?」

 その後、『1Q84』とかドストエフスキーとかその他もろもろの話をして、筆者は乗り換えをするために電車を降りた。

 翌日も彼女はいて、筆者の隣りに座った。そしてまた本の話をした。音楽や映画も趣味が合いそうだった。

 ある日、話の流れで結婚に話題が及んだ。彼女は「結婚はされてるんですか?」と訊いた。「してません」と俺は答えた。

 でも恋人はいた。

 しかしそのことは言わなかった。彼女は「つきあってる人はいるんですか?」とは訊かなかったからだ。ずるい。ジゴロかお前は。

 電車で顔を合わせるたび親密にはなっていったものの、特に彼女が好みのタイプだったというわけではない。ただ、「まだ俺いけるんや!」というしょぼい自尊心が、電車内で女性に声をかけられたという事実で満たされていただけである。

 メールアドレスを交換した。お互いの名前も知った。でも「恋人いるんですか?」と訊かれてないからまだセーフだ、と俺は思っていた。ずるい。

 彼女は中国旅行に行ったおみやげにお菓子の入った缶をくれた。ホテルで友達と撮った写真を見せてくれたりした。

 それから少しして、彼女は仕事の関係で乗る電車の時間を変えなければいけないと言った。というわけで隣り合わせて座ることもなくなった。でも別に恋に落ちているわけじゃないので、こっちは平気だ。

 連絡先を教えたものの、特に相手から頻繁にメールがくるわけでもない。このままフェイドアウトでもそれはそれでいいや、ちょっと楽しかったし、と思っていたら、

「映画を観に行きませんか?」

とお誘いがきた。

 筆者はすぐに返信した。

「すみません、お金が無くて行けません」

 実際金が無かったということもあるし、やっぱり恋人がいたのでその誘いには乗れなかった。しかし「恋人がいるので無理です」と言わなかったことについて、後にこの話をした女友達には、

「モテないくせに女心をもてあそぶクズ」
「いい歳こいて思わせぶり」
「分をわきまえろ」
包茎野郎」
「可及的速やかに死ね」

などと散々罵倒された。まあ確かに女友達の言っていることは間違っていない。死ぬわけにはいかないが他の4つはその通りである。どうして包茎を知っていたのかは謎だったが・・・。

 で、電車の彼女は「そうですか・・・」と意気消沈した返信をしてきたのみだった。うーん、今思い出してみてもなんだかひどいことをした気がする。

 それからしばらくして、筆者が恋人と破局を迎えつつあった頃。いつも一緒に映画を観に行っていた恋人はあまりついてきてくれなくなって、なんだか寂しい気持ちがしていた俺は、電車内の彼女に軽くメールをしてみた。お久しぶりです、今日はこんな映画を観ました、みたいな。まさに外道

 そしたら、翌日。

 そんなこと訊いてないのに、「おひさしぶりです。私、幼なじみと結婚することになりました!」みたいな返信が来た。これには参ったね。

 なんというか、これは「あんたにはふられたけど今私はとっても幸せで、あんたのような糞とどうにかならないで本当に良かったわ」という叫びなのかなと思った。筆者は「それはおめでとうございます!」と返信した。別に彼女に惚れていたわけではないけど、自分のバカさが身にしみた。

 今でも、彼女がくれたお菓子の入った缶は俺の部屋にある。勿論中身は空っぽである。

 カッコ悪いとは、こういうことさ。


格好悪いふられ方 / 大江千里 - YouTube

 

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